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  • 執筆者の写真雨咲

三歌SS





この本丸では顕現すると必ずスマホが支給され、男士どうしなら自由に会話や通信をすることができる。

今日明日と三日月宗近は非番で、歌仙兼定は夜に親しいものたちと小規模な飲み会に参加して、そのまま翌日に暇をもらっているという。

明日になれば共に過ごせるはずなのに、三日月宗近は少しばかり焦っていた。

「……石切丸は遠征、小狐丸らも主の遣いで明日まで留守か」

なにせ顔見知りの刀が揃って不在となり、今から暇を持て余している。

この三日月は意外にも、日頃から他のものとの交流を好む個体であった。極めてこれまでの因果から解放されてからは余計にその傾向が強くなっている。

「いくらなんでも、そんなにいつも誰かといるのは疲れやしないかい?」と、いまや伴侶のような関係の歌仙には不思議な顔をされるけれど。

それが今夜はまったくなんの予定もないものだから、まだ就寝時間でもないのに待ちくたびれた気分だ。

「せめて歌仙が戻ってきてくれれば…」

そう思い浮かべるも、彼は今おそらく蜂須賀や青江と楽しく語らっているだろう。わざわざ出向いて好きな相手の楽しみを遮るわけにもいかない。

ふいに、自分がむいしきのうちにスマホを握りしめていることに気づいた。

ー声くらいなら、寄越してくれるだろうか。その期待からあることをひらめいて、そっと画面の通話ボタンをタップした。


「ーおや?」

グラスを持った宗三が、隣の歌仙を見る。

「どうしたんだい」

「貴方の、鳴ってませんか?」

細い指が歌仙の手元に置かれたスマホを示す。それはたしかに小刻みに震えていた。

「え、あぁ…うん」

歌仙は否定こそしなかったが、スマホを一瞥しただけで言葉を濁して焼酎のお茶割りに口をつける。

「え、出なくて大丈夫かい」

レモンサワーを飲み干した青江にも尋ねられる。

「いや、緊急の相手ではないからね」

「でも待たせてしまっては向こうが心配するんじゃないかな」

蜂須賀も白い頬をほんのりと染めて相槌を打つ。こちらはカシスオレンジをようやく半分飲んだところだ。

「誰からなんです?」

「主に意地悪でもしてるのかい」

「主は今日は小狐丸たちと出がけている。連絡げあるなら彼らから来るだろう」

そうこうしているうちにも、スマホは断続的に鳴り続ける。


「その着信は三日月宗近からじゃないのか」

ふと松井の隣にいた長義が、グラスにウーロン茶のお代わりを注ぎながら口を挟んだ。

2人は元からこの飲み会に参加する予定ではなかったが、執務室からの帰り際に宗三に声をかけられてここにいる。

「えぇ……じゃあなんで出ないの?」

僕なら豊前からきたらワンコールで出るのに。と松井は干し肉を噛みながら空のワイングラスをいじっている。そろそろ厨に2本目のボトルを取りに行きたいところだ。

この本丸では三日月と歌仙の関係は誰でも知っている。

皆がじいっと歌仙を見つめ、自ずと無言の圧力となった。

「……あぁもう! 出れば良いんだろう?!」

5振の視線を避けるように歌仙は乱暴にスマホを手に取り、通話ボタンをタップした。

「もしもし!」

スピーカー越しから、毛慣れた、だけどいつもより少し切なげな声。

「……あ、あぁ。楽しんでいるところをすまんな」

「……三日月…」


夜に静まりゆくこの部屋に、ゆ忙しなく近づいてくる足音。

「やや……?」

三日月は首を傾げる。

先ほどたしかに連絡はした。だがその時の相手は案の定、早く切り上げたくて仕方ないという雰囲気だった。

だから戻るまでにはまだ少しかかるだろう。こちらは少し話ができれば明日まで十分待てる。


そう思って布団を敷いたばかりだったのに。

やがて足音は止み、障子にうっすらと人影が差す。

「歌仙……」

戸がゆっくりと開き、呼んだ名の通りの相手が姿を現す。

「三日月……」

「宴はどうした」

問いかけに答えず薄く笑う表情は、先ほどのやりとりからは思えないほど甘く柔らかだ。

「抜けてきたよ」

「良いのか。せっかく集まったのだろう……」

三日月が言い切らぬうちに、歌仙はゆるりと彼に近づく。そしてひと想いにまだ困惑している胸に飛び込む。

「あぁ。でも貴殿がいけないよ。あんな声を聞いたら……すぐに逢いたくなってしまってね」

その言葉と共に抱きしめあう互いの腕に力が篭る。

甘えたいとばかりに、夜着に顔を押し付けてくる歌仙からはふわりと酒の香りが漂う。

「歌仙」

「なんだい?」

「さては酔っているな」

「ふふ、少しはそうだね。でもまだ足りないさ。今宵はあなたに酔いたくなった」

そうして見上げてきた瞳は月夜に照らされた湖畔のように潤み、やや突き出した小ぶりな唇は情熱的な花のように紅い。

「そうか……。実は俺もだ」

全てを許され委ねられている。そう察した三日月は歌仙の顎を指で取り、こちらにそっと引き寄せた。

ふたりきりで美酒に溺れたかったのは自分も同じだったから。


「ーすまぬな」

明け方、まだしっとりと汗の滲む目の前の背中を掌で弄びながら三日月は歌仙にちいさく詫びた。

「なにがだい?」

「俺のために早く戻ってきたのだろう」

あれから勢いのままふたりは布団に倒れ込み、口づけを交わしながら指を絡め幾度気をやったかわからない。

申し訳ないと呟くと、歌仙がゆっくり寝返りを打ち視線を合わせた。

「いや、金塊は全然構わないよ。むしろとても嬉しかった」

「嬉しい……?」

情事の余韻にとろけた微笑みに三日月はちいさく首を傾げる。

「だって僕があれだけ無視を決め込もうとしても、あなたはめげずに電話をかけてくれた。


それだけ僕を欲してくれたんだろう?」

ーいつか僕らを置いて遠くへ行こうとした、あなたがだよ?

掠れた声で悪戯っぽく囁かれて三日月もつられて苦笑う。

でも今はたしかに、自分が戻るべき場所は彼のもと。

「あぁ、そうだ。俺はまさにお前が恋しくてたまらなかった」


ーだからまだ、夜が明けるまで。

そんな思いを込めて乱れた癖毛をかき分け、白い額に軽く口づけを落とす。

「あぁ、僕もまだあなたから離れたくない」

応えるように歌仙は呟く。そして再びまだ綻んでいる己の体を三日月に任せるべく、爪痕が残る彼の肩に縋りついた。


【終わり】


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