top of page
  • 執筆者の写真雨咲

【三歌】むすびのあいだで(1)


●大侵冦ネタの三日月×歌仙小説。

●2022年5月に頒布したコピー本で忘す。



夜明けも日暮れもない厨にて




三日月がいなくなったあと、とある本丸の歌仙兼定は初期刀ゆえ総隊長であるべきところを同練度の蜂須賀虎徹に任せ、第一部隊長として自ら戦場で隊を率い戦場に赴くことを選んだ。

さすがうちの歌仙らしいと他の刀は口々に言う。防衛フィールドに差す光でのみ朝晩を感じ取れる特殊な空間での戦は緊迫した状況であったが、残った刀たちで本丸の守りを固め、日頃は歌仙に一任して長旅に出る 1 刂ことが多かった審神者も流石に本丸に駆けつけたこと以外は、表面上はいつもと変わらぬ日常が維持された。

しかし、ある変化を小夜左文字は見逃さなかった。  

度重なる戦から戻った歌仙は、しばらく休めば良いものを審神者と蜂須賀への報告が済んでもなお近侍の仕事や厨の作業を手伝うなど、せわしなく働き詰めていた。それこそ休むべき時間をみだりに蹴散らすように。

受傷してもフィールドから離れれば痛みは癒えるしかし人の身をもっている以上眠らなければ疲労は溜まる。この戦が終わるまでにいくら彼でも心身がもたないのではと疑問を感じた小夜は、今も厨で黙々とおにぎりを握る昔馴染みの背中にそれをぶつけてみた。

「―何を言っているんだい。今はいくさの最中だよ? 皆が働いているところを僕だけ抜けるわけにいかないだろう」

「歌仙、あなたが誰よりも一番働いているとみんなが知っています。部屋で数刻眠ったとしても誰もあなたを咎めない」

厳しい口調の小夜の忠告をまるで無視するかのように歌仙の白い掌の上ではおにぎりが軽やかに回り続ける。もともと歌仙はこんな刀ではなかった。そう小夜は記憶している。戦果を得るには体が資本だと、どんなに厳しい任務の時でも生活が整うようにと周囲に配慮し、そして自身もできる限りそうなるように心がけている様子だった。

「何かに没頭していた方が落ち着くからねえ」

いったい最後に横になったのはいつ? と尋ねようとしたのを遮ったうえで歌仙が言う。一方で手の

動きを止めてこちらを見やる。その表情はいつもより乏しく、戦化粧が剥げ落ちた肌にも色つやが冴えない。

(―今もしあの方が戻ってきたとして、その姿を平気で見せられるの?)

小夜の疑念はさらに増す。

「……おや、これでは小さいね。もう少し足そう」

歌仙は力無く微笑みまた背を向け、米櫃から追加の飯をよそう。そして。

「さぁお小夜もそろそろ休んでおくれ。第二部隊は明日朝から短時間の遠征だろう」

そう、きっとあの手の中にある白い俵は明日の自分たちの朝食。横の皿には既に握られたものがたくさん積まれていて、それは本丸から本丸にいる刀全員の分と、おそらく本丸から姿を消した一振の分と。おにぎりの山を一瞥して小夜はため息を吐く。

この山は多分、歌仙の無意識のうちにある後悔か。戦が終わり、月に映えるあの美しぃい太刀が戻るまで、この気が利くわりに自身の心にだけは無頓着な打刀はどんどん山を膨らませてゆくだろう。

「歌仙」

「なんだい」

「本当は言うべきか迷うのですが」

「何かあったのかい」

「四日前の夜、貴方が彼と何を話したのかはわからないけれど……でも歌仙だけが悔やむ必要はないと思う」

小夜の口調がいくぶん柔らかくなるのと同時に、歌仙の手の動きが止まる。厨に沈黙が流れた。

「……どうして、それを?」

歌仙の声が抑揚を失う。

「厠に行く途中、遠目に見えたから。でも声は聞こえなかった」

「……そうか」

歌仙はそれだけ言うと、なぜか安堵したとばかりに肩をすくめ、新たに米を丸め始める。その様子を見るに、あぁ今はこれ以上こちらの思いを聞き入れる余裕などないのだと改めて小夜は実感した。






Comments


記事: Blog2_Post
bottom of page